英語(English)に関するエッセイ


法律文書の翻訳過程について

日本語をそのまま英語に置き換えても的確な法律英語になることはほとんどない。その逆も真である。例えば,本契約において,開始日とは,頭記の日付をいう,という日本語の契約条項があった場合,この 「 本契約において 」 の部分を直訳しても法律英語にならないであろう。英語では, 「 本契約の目的上は 」 と考えるのである。具体的には,For purposes hereof, “Commencement Date” means the date stated at the top of this Agreement.と表現するのが法律英語である。ここにhereofとは,of this Agreementの省略形であり,本契約の目的のためにという意味になる。本契約 「 において 」 の部分を本契約 「 の目的のために 」と置き換えるのである。また,公文書の証明書等の末尾に通常 「 この謄本は,原本と相違ない 」 という文言が日本語で記載されているが,原本と一致している点を忠実に翻訳すればidentical to the originalとするべきである。だが英語では,Certified to be a “true and correct” copy of the document on file with the registrar of…と記載されているのが通常である。本書面は,原本の 「 真実かつ正確な 」 写しであるという意味である。原本の内容をそのまま謄写した書類のことを謄本というのであるから, 「 これは謄本 ( = 「 真実かつ正確な 」 写し ) である 」 という日本語と同じ意味になるのである。
 さらに,微妙な判断を要する場合として,例えば,会社の表明保証条項中に,会社が○○法に基づき適法に設立され、存続していること,という文言があった場合,これをそのままCompany is legally established, existing under the law of ○○.と表現することもできるが,Company is duly organized, validly existing and in good standing under the law of ○○.と記述している英文が多い。つまり,「 適法 」 を 「 しかるべく 」( duly ) に,「 設立され 」 は 「 組織 ( organize ) され 」 に置き換え,「 存続している 」 は 「 有効に存続している ( validly existing ) 」 とし,最後にin good standingという日本語にならないような文言を追加するとそれらしくなるのである。なお,日本法に 「 基づき 」 の部分に関してはunderという前置詞を使うのが便利である。on the basis of the law of Japanとはあまり言わない。
 また,日本語の契約書によくある表現として 「 会社が特に必要と認めた場合 」 というのがある。これは,Company may deem necessary or desirableと表現することができる。しかし,同じような趣旨のことを,「 会社の合理的見解によれば 」 ( in the Company’s reasonable opinion ) あるいは 「 会社がその裁量 ・ 意見により適切と考える場合 」 ( the Company in its absolute discretion and opinion deems appropriate ) などと表現することもできる。日本語でも英語でもこれらの用語の間に相当の意味の乖離がある ( 英語のnecessary とappropriate は類語=synonymだが,これらとreasonableとが類語であるとはされていない ) と思われがちだが,実際上の適用においてさほど差異があるとは思われない。英訳とは,こうでなくはいけないというものではないのである。
 以上、要するに,翻訳といっても原文の中に落とすことのできないキーワードがあり,このキーワードは正確に翻訳することが要求されているわけであるが,その他の部分はターゲットの言語に合致するように適切に作文しているわけで,翻訳文が原文の単語をすべて正確に反映しているわけではないことに注意しなければならない。逐語訳は正確であるが読めないので商品価値は全くないものとされている。他方,翻訳文が自然で流暢で優雅であればあるほどそれだけ原文から離れていると確信しても間違いではない。ある言葉が省略されていたり,原文にないことが書かれてあったりするのである。しかし,それでよいのである。但し,同じような意味のことが書かれていなくてはならないし,特に数字の間違いは翻訳とは関係ないので ( indisputable error ) あってはならない。翻訳会社が顧客に納品する場合は,通常,校閲者がその内容をチェックしている。 


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